長野オリンピックはいつ?何年前の冬季五輪?

日本は夏季オリンピックよりも冬季オリンピックの方がメダル数は少ないですが、長野オリンピックはメダル数も多く日本中を熱狂させました!

 

長野オリンピックいつ?何年前?

長野オリンピックが開催されたのは、1998年です。

2017年からだと、19年ほども前。

東京オリンピックが開催される2020年からだと、22年も前になります。

 

早いものです。もうバブルによる栄華はいつしかの夢。山一証券・北海道拓殖銀行の破綻、不良債権、就職氷河期、護送船団方式の終焉、などと我々にとって「冷たい季節」はすでに逃れがたい日常として定着しつつありました……。

さらに中央集権がささやかれて久しい時代背景にあって「長野」。
一種「異様」な響きがあったと思います。

が、大会が始まるとそういった懸念は霧消されました。
開閉会式における「横綱の土俵入り」「諏訪の御柱祭」と実に地域特色のあるセレモニーの数々。そして地元日本人による降って湧いたような「メダルラッシュ」に国内は沸き返りました。

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日本中が応援したスキージャンプ

「伸ばしてきたあああ!!!」

忘れようにも忘れようがございません。私の中で「This is オリンピック実況」です。

舩木です。

「日の丸飛行隊」の若きエース。

種目は「スキージャンプ 団体ラージヒル」
メンバーは岡部孝信、斉藤浩哉、原田雅彦、そして大トリを締める舩木和喜。舩木選手はすでに個人ノーマルヒルで銀、ラージヒルで金を獲得しております。 まあ国民的英雄級といってよい活躍をここに残しております。 その男の「最後の大ジャンプ」がチームの勝利を決定づけました。

飛翔後に歩み寄ってきて涙ながらに声をかけるベテラン原田選手の姿が今も忘れられません。

 

スピードスケートも。モーグルも。日本メダルラッシュ!!

スピードスケートもまたそういったメダルラッシュの中心にありました。 清水宏保選手男子500mでの金、1000mでの銅。岡崎朋美選手女子500mでの銅。西谷岳文選手男子ショートトラック500mでの金。植松仁選手の同種目銅。 さらにスキー競技では女子モーグル里谷多英選手の金。
と、終わってみると日本全体で金5個、銀1個、銅4個と前回のリレハンメル大会に比して総メダルで倍増、金に至っては単純に5倍増となっています。

ほんの2週間余りの祭典ですが、国民の多くを釘付けにする相当の社会効果がありました。
あの時我々は一時的にせよ「冬を忘れていた」のです。

 

長野オリンピックの後……

深刻なのは長野オリンピックが終わってからです。「アジア通貨危機」「消費増税」などによりいよいよと景気は低迷。日本経済の氷河期はいよいよと本格化してゆきます。

そして、あの時の「遺産」はたとえばスケート会場のビッグハット、ボブスレー・スケルトンなどのソリ競技会場などは年々赤字を累積させ、採算のめどが延々と立たぬ財政上の「負」ぶりを露骨なまでに顕示し続けております。

五輪自体の高コストパフォーマンス化は年々膨張の一途。今ややり手もつかないと囁かれ、よほどの財源の国と地域でないと立候補にすら二の足を踏みだす始末。 そして、その回ごとに問題となって噴出する汚職・不正行為の数々は目を覆いたくなります。

 

まとめ

本来アスリートの祭典のはずなのですが、いつどの大会を見てもその時代の反映は避けられません。

この大会を見るならば「Japan as No.1」としての最後の栄光。そう考えると今回の「Tokyo」はどういう位置づけになるのでしょうか。 ただ実際のアスリートたちによる「純粋なる挑戦」は我々に感動と勇気を与え続けてくれるのは不変です。

我々は人間です。スポーツというものはその営みと共にあり。東京オリンピックも全力で応援したいですね。

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