2008年北京オリンピックの野球のメンバーと結果

今回は、2020年北京オリンピックの野球についてです。

WBCの結果もあり、北京オリンピックでは「金メダル」が期待されていました。

 

05年に第1回WBCが開幕

ついにメジャーをも交えたガチンコの世界勝負の中で絶体絶命の苦境を何度も味わいながら、奇跡的に食い下がりついに悲願の「世界一」に輝いた「日本野球」。 当然次のオリンピックへの希望は膨らみます。

 

王城八百年の都「北京」こそがその決戦地であります。

「必勝」を期して選ばれたのが当時弱小だった中日や阪神を立て直し、何度となくリーグ優勝に導いた「闘将」星野仙一監督です。

打撃コーチには阪神時代の盟友田淵幸一氏。投手コーチはアテネ以来の大野豊氏。守備・走塁コーチには長年広島を率い、リーグ優勝も経験したことのある山本浩二氏です。

 

2008年北京オリンピックの野球のメンバー

さて、この時の野球のメンバーを振り返ってみましょう。

投手) 川上憲伸(中日)
岩瀬仁紀(中日)
田中将大(楽天)
涌井秀章(西武)
成瀬善久(ロッテ)
ダルビッシュ有(日本ハム)
上原浩治(巨人)
和田毅(ソフトバンク)
藤川球児(阪神)
杉内俊哉(ソフトバンク)

捕手) 阿部慎之助(巨人)
里崎智也(ロッテ)
矢野輝弘(阪神)

内野手)荒木雅博(中日)
中島裕之(西武)
宮本慎也(ヤクルト)
西岡剛(ロッテ)
新井貴浩(阪神)
川崎宗則(ソフトバンク)
村田修一(横浜)

外野手)青木宣親(ヤクルト)
森野将彦(中日)
稲葉篤紀(日本ハム)
G.G.佐藤(西武)

これもまた、かなりの布陣ですね。メジャー組はなしですが、それでも国内最強と言って間違いありません。捕手3人態勢なんですね。そして、外野手が少ないですね。もうこのメンバーほぼ固定で行く気満々だったんでしょうね。

強いてあげるなら4番の不在でしょうか。「チャンスに強い」+「長距離砲」となると、贅沢かもしれませんが、少し物足りなさを覚えます。 さて、どうなってゆくのでしょうか。

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予選で早くも崖っぷちの戦いに

アジア予選では韓国、台湾などと総当たり戦で争い、1位にならなければ最終予選へと回ってしまいます。まさに「負けられない戦い」です。台湾、フィリピンなどを圧倒しますが、宿命の韓国戦は1点を争うひりつくような大接戦となります。4-3で結局韓国の反撃を振り切り、最後は上原できれいに締めて、無事全勝で1位通過をもぎ取ります。

 

オリンピック開始直前にアクシデント多発

さあ、そしていよいよ「夏の北京へ」!

と、その直前になってのっぴきならないアクシデントが立て続けに起こります。

主力の怪我です。

里崎智也、森野将彦は元々故障上がり。さらに、新井貴浩、腰痛。稲葉篤紀、右臀部痛。田中将大、右肩痛。代表合宿中に村田修一、風邪で緊急入院。北京入りしてからは川崎宗則が左足甲痛を、西岡剛が右脇腹痛をそれぞれ悪化させました。

今大会では柔軟な選手の入れ替えも制度として整えていたのですが、星野監督は現行メンバーで強行。これが、戦後いろいろと叩かれる原因の一つとなってしまいました。

 

2008年北京オリンピックの以外な結末

そして、いざ、オリンピック開幕!!してみるといきなり初戦でキューバに2-4と惜敗。

 

続く台湾、オランダは難なく退けたものの、第4戦因縁の強敵韓国に抑えの切り札岩瀬投手が打たれ、アジア予選での雪辱をきっちり果たされてしまいます。

さらにはアメリカにまで敗れ、結果4勝3敗で辛うじて予選4位でのギリギリ通過を果たしますが、続く準決勝韓国戦でまた終盤に岩瀬投手が打ち込まれ沈みました。

 

やむなく回った3位決定戦、文字通り「絶対に負けられない戦い」ですが、アメリカの猛打爆発、またここという場面での自失などもあり4-8の完敗。

 

「金メダル必獲!」の使命を帯びた侍たちは「空回り」のまま世界の波にあえなくさらわれて、無残なままに帰国の途に就いたのであります。勝負の世界の厳しさですね……。

 

2020年東京オリンピックの野球に期待!

戦後、短期決戦に弱いといわれた星野仙一氏への監督選考。WBCで負けた他国の本気度などいろいろとその敗因は取りざたされました。

続いてのロンドンでは日本から世界に誇りをもって君臨する「女子ソフトボール」とともにオリンピック競技から除外されてしまい、オリンピックでの雪辱の夢は永遠に霧消かと思われました。

が、この度地元「東京」で晴れて競技種目に復活!

侍たちのリベンジが始まります。勝利を応援したいですね。

 

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